「今年のさくら」(2017・4・11)

先が見えない、将来が見通せない危うさ。
そんな中で、人はせっせと生きている。

今年のさくらの開花は遅かった。
一週間以上、待った。
まだ蕾の下で地域の「お花見」をした。
予定をたてていたので、予定通りに事を運んだ。
それでも人が集って、花見を楽しんだ。
楽しんだというより、話に花を咲かせた。
人はひとりでは、話にもならない。
スタッフの人達には悪いが、あとでじわっと今年も花見が出来て
よかったな・・・と感慨にふける。
遊びも豊富・食べるものも豊富な時代にあって、あの時はよかったなあと話し合える
仲間が居る。

今年のさくらは私にとっては、哀しい。
満開のさくらを見ても、寂しい。
そんな年頃と、片付けるわけにはいかない。

ふるさとでは、私の帰省に合わせて「同級会」を催してくれた。
20人近くの人が、雨の中集まった。
おいしい花見弁当と、少しのお酒があれば、充分楽しめる
いちご農家の人が甘いいちごを差し入れてくれた。
「よっこが帰省したこの際に、次回の同級会について話あおう」
みんな後期高齢者だが、元気だ。
秋の同級会は2泊にしよう・・なんて。
私は言った「その時に元気だったら、参加します」みんな相槌を打った。
進んで前向きに楽しい企画をたててくれる同級生。
「もう、貸切バスの予約もした」そうな。
先が見えないから、先を急ぐのだろうか?
年末に登山していて、木道から谷に落ちた人が、幹事役をかって出ている。
もう死んだか?と思うほどの大けがで、4ヶ月近い入院生活を送った。
あの時、救急の携帯電話も通じず、11号線まで走って下山した人が、救助を要請したらしい。
「あの時、あと1時間ドクターヘリが遅かったら・・仏さんになっていただろうとは、同行した人が言っていた。
長い入院生活を支えたのは、楽しい企画を考えていたからだろうか?
仮退院の時に、私にも便りが来た。
10月の14日には予定を入れないように、との事だった。
10月14日にはふるさとの祭りがある。
ふるさとを遠く離れた同級生には「ふるさとのまつり」を何度でも見たいらしい。
ふるさとに住んでいる女性にとっては、まつりに来る来客で忙しいのでノーと言う。
そんなこんなで、話はかみ合わない。
「要はみんなが元気で再会できればいいので、場所も日程もお任せします」
少々、アルコールが入った私は口が軽くなっていた。
そこで幹事と世話役にお任せすることになった。
「花見の会」も終わって、雨も止んだので・・さくらの名所へ移動した。
小学生のころに遠足で来たという記憶はあった。
しかしその頃には小さかったさくらは大木になって、満開の花を付けていた。
まるで私達を歓迎してくれているかのようだった。

今回の帰省は同級会が目的ではなかった。
重い重い命に対峙する帰省だった。
何の役にも立てないのが情けない。
ガンも病も自然なら、全てお任せしかないのだろうか?
小心者の私は心が折れそうだ。

今年のさくらは白っぽくて、満開の期間が長くて、私には哀しいさくらだ。