「嵐の一年」(2016・12・22)

12月、師走も押し迫った。

今年は豊かな一年だった。
「後期高齢者」になった。
まさか75歳まで、生き延びるとは思ってもいなかった。
母は16歳の時、父は30歳の時に逝った。
その両親の子供だから、短命だろうと確信していた。
ところが「美人薄命」と、言われるほどの美人ではなかった。
哀しいかな、他人は人を見る時には、まず顔を見る。
顔を見て、美しいから性格もいいだろうと判断する。
従って、美人は一生、特をする。
しかしそうでもない。
同級生で3度の結婚に失敗した人がいる。彼女は今もって水も滴るような
美人である。
私が男だったら、惚れるかもしれない。
色気もあって、男好みの柔らかい性格なのだ。
しかし結婚も人生も、思うようにはいかない。
「これも縁」と納得半分、諦め半分ってとこだろうか?

今夜は暴風雨で外は荒れている。
師走下旬の珍しい暖かさだ。

5月に京都で同級会をした。
京都・大阪に住んでいる人達が世話係を受けた。
75歳にして、しっかりした同級会だった。
段取りもよく、時間も予定通りに進んだ。
参加者35名はみんな元気で、しっかりスケジュール通り動けた。
大したものだ。
ただバスの添乗員さんが、再三点呼をしていた。
「ひとりでも数え落としがあったら大変」と。
そんな事実もあって「ひとり居ない!」で大騒ぎした経験があった。
ほんとによく気の効く女性だったが、疲れただろう。
京都・奈良を回って・・・京都の奥座敷の温泉で宴会を催した。
一年ぶりの再会にみんな大喜びだった。
軽い脳梗塞を患った人も、見た目には健康に見えた。
ここで「お前はお前で丁度よい」の仏様の言葉を沖天さんの口から聞いた。
なるほど「あくせく」している私達にぴったりの言葉だ。

そして10月の末。
その沖天さんの個展をふるさとでやった。
「ふるさとで個展をやりたい」が、彼の最大の願望だったようだ。
5月の同級会の時に、ふるさとの同級生に耳打ちしたようだ。
さあ、ふるさとに住む同級生の大活躍が始まった。
会場とりから、日程、予算、何度も打ち合わせで集合したようだ。
数名のスタッフで、個展のオープンまで漕ぎつけた。
私は都会から田舎のふるさとへ客として出向いた。
同じ同級生でありながら、何か申し訳ない心境だった。
セレモニーでは、並み居る市の偉い人達の「おめでとう」の挨拶があった。
沖天さんの立派な挨拶に感激した。
なるほど人生75年も生きて来て、沢山のお弟子さんを育て、理事長までやった人
だから、こういう事が言えるのだろうと納得もした。
その夜、近くの料亭で同級会を催した。
30名近くの参加で、かなり賑わった。
今年はなんと恵まれた年だったろう。
一年に2度も同級会でみんなに会えた。
水墨画の個展の翌日、誘われて「赤星山」の中腹まで行った。
そこには懐かしい「機滝」が、昔のまま大量の水を落下させていた。
滝の前で、水しぶきにしっとり濡れるのを快く感じていた。
コンビニで買ったおにぎりとお茶がおいしかった。
「ありがとう、お蔭さんで予定していなかった私の山にも登れたし、あとはまたせっせと歳を取るだけ」
滝の前にあった「ふさざくら」ひとつ覚えた。
森林インストラクターの資格を持っている同級生で、親戚になるご夫婦のお蔭様だ。
暖かな日で谷間から見上げる空は真っ青だった。
まだ紅葉には少し早かった。
(わたしの山、快く迎えてくれて、ありがとう!)

かくして、今年の最大イベントは終了した。
ありがとう。

追記
ところが、そのあとの話がある。
農家をやっている同級生が、農閑期になった。
同級生を誘って山へ行った。
もう一人、百名山を踏破した高齢者も居たそうで、3人で頂上を目指した。
ところが「丸太橋」を渡っていて、ひとり・・谷に落ちたそうだ。
「動かしたら、いかん!」多分血も出たろう。
打ち所が悪いと動かしたらいかん事もある。
「どうして、抱え上げなかったん?」の答えである。
そこで救急車も入れない細い道なので、SOS!!
ヘリコプターで救出したそうだ。
落ちた彼は「首の骨」とあごの怪我で救急病院に入院している。
後期高齢者になって、そんな無謀な登山をしたもうひとりの男性に電話した。
決して「馬鹿みたいなことをして・・」とは、言わない。
状況を聞いて、大丈夫だと思った。
「ひょっとして私が機滝へ行ったことを聞いて、よっこが登れたのなら行けるだろう・・と
安易な気持ちで行ったのではないでしょうね?」を確かめた。
そんなつもりは毛頭なかったと聞いて、安心した。
しかし何せ遠い病院へ見舞いには行けない。
「あの時、あのまま死ねたらよかったのに」と怪我人は、病院で呟いたらしい。
75歳で、これからどうなるのだろう?

「なるようにしかならん!」